棚町 宜弘
日本画家。
1971年愛知県名古屋市生まれ。
1998年多摩美術大学大学院修了。日展をはじめ各展で活躍。
青垣2001年日本画展、2004年冬梁舎フィレンツェ大賞展。
2005年第37回日展、新生展などに数多くの作品を出展。
1995年に龍富士美術賞、1999年に兵庫県教育委員会賞、2002年に菅盾彦賞などを受賞している。
2014年には日展特選受賞。
2015年作品「都市間、冬陽差す」が東京都豊島区役所に恒久設置。
グラフィック社刊の水彩技法ムック「すいさい」でもコラムを連載。
日本画家として活躍され、多くの賞を受賞されている画家の棚町さんに、コピックとの関わりについて伺いました。
コピックはグレイの系統が充実していて、持ち運べるのが魅力
— コピックを使い始めたきっかけと時期を教えて下さい。
棚町:使い始めたのは10年ぐらい前ですね。サイズ的に持ち運びがしやすいので、日本画を描く前の、野外スケッチのときに重宝しています。まずは色をつけないで、モノトーンで描きますが、コピックはモノトーンの中にもクールとかウォームのように微彩色があって、色彩を感じさせるのが非常に良かったんです。そこから入りました。
— 野外への持ち運び用途だったのですね。
棚町:はい。だいたい、24色ぐらいを持ち運んでいます。色は明度が0〜4ぐらいの、ほのかな色やE(アース)系の色を中心に選んでいます。こちらが、その24色です。
— この色組は、やはり日本画で使われる色をイメージしたものなのでしょうか?
棚町:はい。まず、E04っていう渋い赤があるんですが、日本画の中でも、こういう赤を好むことが多いです。オレンジもYR系よりも、E13みたいなE系の、オレンジと薄いベージュの中間の色は魅力があるんですよね。ほかにも、ポイントとしてハレーションさせたいところは、日本画では丁字色(黄色)を使って際立たせていますが、その色の代わりに使うのがY26ですね。そして、それ以外は基本的には墨なんです。「墨」と一口に言っても青墨、茶墨、紫墨など4色ぐらいの墨を使い分けながら、描くんですよ。
— コピックでいうと、グレイ系になる訳ですね?
棚町:そうです。コピックは、クール、ニュートラル、トナー、ウォームとグレイの色調で絵を描けるので、顔彩(日本画)での描き方と同じなんですよ。また、BV23、BV25も、グレイ的に使っています。絵画的な空間に調和した色が必要なので、よっぽどの目的がない限りは、逸脱した色ではない中間色を使います。なので、濃い色を使うのは、物の特徴を色で説明する時です。
— コピックならではの醍醐味のようなものはありますか?
棚町:グラデーションを表現するときに15色ぐらい色を使い分けて表現するのがコピックの醍醐味ですね。素人目には、単純に1色で塗ったような色でも、ウォームグレイとニュートラルグレイと、固有の色とで、計6色ぐらいを使い分けています。コピックは番号で、非常に合理的に判断ができるので、こういったときにも整理がしやすいです。
実物をしっかりと見て「知る」こと
— 以前、画箋紙のパッケージをお願いした際には、いろいろなモチーフを描いていただきましたが、描くのが好きなモチーフはありますか?
棚町:風景画もバスのような物もどれも描いていて楽しいですよ。
— 絵を描く際に参考にしているものはありますか?
棚町:実物を見ながら描いていきます。バスなど都合よく止まらないものを描く際には、写真を撮っておきます。写真は1枚2枚ではなくて、光線状態を変えたり、角度を変えたものを撮り比べて、1台のバスを描くために、30〜50枚もの資料を用意します。
— やはり、現物を見るのが一番なのですね。
棚町:現物を見て描くことに越したことはないんですが、現物は情報量が無限なので、情報量の限られた写真を元に、機能的・構造的な部分の情報量を増やして、その対象を深く理解してから、作品を描いていきます。大切なことは物を「知る」ことです。
全体の5割の時間をデッサンにかける
— 実際の製作について伺います。まず、どのぐらいのサイズに描かれているのでしょうか?
棚町:A4サイズのコピック画箋紙も使っていますが、印刷媒体向けの作画の際には、より大きめのサイズ(F6)のスケッチブックに描いたものをA4に圧縮して、緻密さを出す方法を行なっています。
— 作品を描きあげるのに、かかる時間はどのぐらいですか?
棚町:F4の大きさでトータル6時間くらいです。全体の時間の8割以上を、最初の形取りとデッサン作業にかけています。そのうちの詳しい内訳としては、3割ぐらいが形取り、残り5割ぐらいがデッサンです。色を塗るのは、全体からすると2割弱ですね。
— 最初の形取りとは、どこから描き始めるのでしょうか?
棚町:接地点のところからですね。そうすると、物が相対的にどういう位置関係で空間の中にいるのかが定まるんです。最初に接地点を決めてしまうと、「台」が決まります。「台」というのは空間を支えている共通要素です。次に、高さや物の間の関係性などを決めてくのがやりやすい。例えば、林檎を描くとして、まず丸まっている部分を描きたくなりますが、最初に接地点を描くのが大事なんです。どういう風に台に乗っかっているのかをまず決める必要があります。
— デッサンが5割、つまり大部分が線画と影ということですね。
棚町:そうですね。描き方としては、塗りはグレイを塗ってから、色を塗りますが、そもそも着色に入る前に、コピック画箋筆で骨格を作っています。コピック画箋筆は、太い線から細い線まで描き分けができる。つまり、立てればシャープな黒が出ますが、寝かせればカスレも取れるんです。だから、それだけでもハーフトーンが作れる、つまりこれだけでバルールが作れるってことなんです。そこでもう、ほとんどデッサンを作ってしまう。日本画は、面でバルールを取るのではなくて、線でバルールを取るんです。だから、コピック画箋筆とクールとウォームの2系統のグレイだけで、ほとんど空間が見えてしまうんですよね。
※バルール・・・明暗と位置関係の相関関係のこと
— そして、最後に着色ですね。
棚町:はい。コピック画箋筆で描いた線画の上に、グレイトーンを置いて、画面を作っておいて、デッサンの骨格ができてから、初めて固有の色を乗せます。コピックは、透明感があって透けるので、たとえ最終的に固有の色をドバッとつけたとしても、骨格の色が浮かび上がって見えてくるんです。これも、重ね塗りの一つの妙なんですよ。これは、やっぱり染料の優位性なんですよね。顔料だとやりにくい部分です。